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瑞渓周鳳 ズイケイシュウホウ

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デジタル大辞泉の解説

ずいけい‐しゅうほう〔‐シウホウ〕【瑞渓周鳳】

[1391~1473]室町中期の臨済宗の僧。和泉(いずみ)の人。号、臥雲(がうん)山人。南都で華厳を学び、景徳寺・等持寺相国寺に歴住。のち、鹿苑院(ろくおんいん)塔主となった。足利義政の信任を受け、外交文書を作成。編著「善隣国宝記」、日記「臥雲日件録」など。諡号(しごう)、興宗明教禅師。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

瑞渓周鳳 ずいけい-しゅうほう

1392*-1473 室町時代の僧。
明徳2=元中8年12月8日生まれ。臨済(りんざい)宗。無求周伸の法をつぐ。京都相国寺(しょうこくじ)住持となる。将軍足利義教(よしのり)・義政の信任をえて3度鹿苑院主,僧録をつとめる。明(みん)(中国)への国書の起草もおこなった。文明5年5月8日死去。83歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。俗姓は伴。諡号(しごう)は興宗明教禅師。別号に臥雲(がうん)山人。著作に外交文書集「善隣国宝記」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ずいけいしゅうほう【瑞渓周鳳】

1391‐1473(元中8∥明徳2‐文明5)
室町中期の臨済宗の僧。臥雲山人羊僧,竹郷子,刻楮子等の号がある。諡号(しごう)は興宗明教禅師。和泉国堺に生まれ,1405年(応永12)に相国寺の無求周伸により受戒し,天竜寺に属した。その後,景徳寺・等持寺の住持を歴任し,38年(永享10)には関東公方足利持氏上杉憲実の対立を将軍足利義教の使として調停した。41年(嘉吉1),相国寺に移り,46‐47年,56‐60年,67‐73年の3度にわたり僧録司(鹿苑院主)を務めた。

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大辞林 第三版の解説

ずいけいしゅうほう【瑞渓周鳳】

1391~1473) 室町時代の臨済宗の僧。和泉国堺の人。別号、臥雲山人。相国寺鹿苑院塔主となり、僧録司。将軍義教・義政に重んぜられ、外交のことに携わった。著「善隣国宝記」、日記「臥雲日件録」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

瑞渓周鳳
ずいけいしゅうほう
(1391―1473)

室町中期の臨済(りんざい)宗の僧。代表的五山文学僧。臥雲山人(がうんさんじん)、刻楮子(こくちょし)などと称した。和泉(いずみ)(大阪府)の堺(さかい)の人。相国(しょうこく)寺の無求周伸(むきゅうしゅうしん)に参じ、その法を嗣(つ)いだ。無求の寂後、厳中周(げんちゅうしゅうがく)、天章澄(てんしょうちょういく)、惟肖得巌(いしょうとくがん)らに師事し、五山文学を学ぶ一方、等持(とうじ)寺、相国寺に住し、上杉禅秀(ぜんしゅう)(氏憲(うじのり))の乱(1416~17)の調停や、三たび僧録司(そうろくし)に任じて禅宗界を統率するなど、政治的才腕を振るった。とくに義堂周信(ぎどうしゅうしん)、絶海中津(ぜっかいちゅうしん)以来の五山学芸を集大成した功績は大きい。文明(ぶんめい)5年6月24日、83歳で示寂。興宗明教(こうしゅうめいきょう)禅師と勅諡(ちょくし)された。抄物(しょうもの)『刻楮』200巻のほか、日録『臥雲日件録(がうんにっけんろく)』、外交文書の作例集『善隣国宝記(ぜんりんこくほうき)』、詩文集『臥雲稿(がうんこう)』『竹郷集(ちくごうしゅう)』など多数。門下からは横川(おうせん)、綿谷(めんこく)、桃源(とうげん)などの文学僧が輩出した。[藤岡大拙]

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世界大百科事典内の瑞渓周鳳の言及

【臥雲日件録】より

…臨済宗相国寺の瑞渓(ずいけい)周鳳(臥雲と号す)の日記。1562年(永禄5)に同寺の惟高妙安によって抜書きされたもの1冊が現存する。…

【善隣国宝記】より

…室町時代の外交書。瑞渓周鳳(ずいけいしゆうほう)著。3巻。…

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