草井村(読み)くさいむら

日本歴史地名大系 「草井村」の解説

草井村
くさいむら

[現在地名]江南市草井・中般若なかはんにや西にし

中般若村の西にある。北を木曾川が流れ、その川沿いに囲い堤があって、南側に人家が建並んでいた(天保村絵図)。支郷に中野なかの大野山おおのやまがあった(尾張国地名考)。天正一二年(一五八四)小牧長久手の戦の時、豊臣秀吉の先鋒池田恒興(信輝)軍は当村の村人の誘導により木曾川を渡っている。この時、秀吉から当村へ出された禁制(松波寅太郎氏所蔵文書)がある。

<資料は省略されています>

「徇行記」によれば、概高五九石余で成瀬隼人正の知行地。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む