荒田郡(読み)あらたぐん

日本歴史地名大系 「荒田郡」の解説

荒田郡
あらたぐん

平安時代の八部やたべ郡、奈良時代の雄伴おとも郡の前身と考えられる郡名。神戸市須磨区大田町おおたちよう遺跡から平成三年(一九九一)に出土した円面硯の脚台部側面の刻書銘に、左から右に向かって「荒田 郡中 富里 荒田 直□□」と篦書される。荒田郡は「延喜式」や「和名抄」などの文献史料には摂津国はもとより他国にもみえず、出土史料によって新たに知られた。郡・里とあるところから刻書銘は大宝元年(七〇一)から霊亀三年(七一七)の間に、硯が焼成される前に記されたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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