菅遺跡(読み)すげいせき

日本歴史地名大系 「菅遺跡」の解説

菅遺跡
すげいせき

[現在地名]峰山町字菅 沖波

竹野川の支流鱒留ますどめ川の左岸に面した舌状の微高台地上(小字沖波おきなみ)にある弥生前期を中心とした遺跡。

遺跡が明らかになったのは昭和二二年(一九四七)で、地元民が弥生前期の壺形土器(ほぼ完形)を発見した。その後、瓦土の採土や耕作によって多くの弥生式土器および土器片が発見されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む