萱尾村(読み)かやおむら

日本歴史地名大系 「萱尾村」の解説

萱尾村
かやおむら

[現在地名]永源寺町萱尾

佐目さめ村の北、愛知えち川の東岸にある。元和五年(一六一九)の安藤重信領分高覚帳(東京大学史料編纂所蔵)に村名があり、高二六石余。領主山上やまかみ村に同じ。安政五年(一八五八)の御領分人別改目録下帳(安養寺文書)では男七六・女五七・僧一。慶長年間(一五九六―一六一五)開基の臨済宗永源寺派渓雲けいうん寺がある。集落は永源寺ダム建設により水没した。鎮守大滝おおたき神社は永源寺ダムの岸にある。ダム造成以前は神社近くの愛知川に萱尾の滝があり、五段になって岩間を落下する飛流はなはだ見事な景勝地であった(「木間攫」など)。同社はこの滝を祀り、滝祭とよばれる六月一日の祭礼では滝壺に跳込む行事があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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