葉山島村(読み)はやましまむら

日本歴史地名大系 「葉山島村」の解説

葉山島村
はやましまむら

[現在地名]城山町葉山島

小倉おぐら村の南に位置し、東は相模川三方を山に囲まれ隣村小倉村と南の愛甲あいこう三増みませ(現愛川町)に通ずる小径があるだけの孤立した集落であった。

近世は初め幕府直轄領、寛文四年(一六六四)久世(のち下総関宿藩)領、貞享元年(一六八四)幕府直轄領、元禄一一年(一六九八)より宝永二年(一七〇五)まで関宿藩領、以後再び幕府直轄領となる。元禄一三年牧野備前守検地当時の屋敷数六六軒。元禄年間津久井領諸色覚書(県史六)によれば田八町余、畑二六町二反余、高二三三石八斗余。百姓五二軒、寺二、人数三九一、馬五六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む