蒙古碑(読み)もうこのひ

日本歴史地名大系 「蒙古碑」の解説

蒙古碑
もうこのひ

仙台市には俗に蒙古の碑とよばれる中世の板碑が三ヵ所確認されている。善応寺境内にある蒙古の碑は燕沢つばめざわ碑とよばれ、高さ約一・六メートル、幅〇・九メートルほどの石碑。本文二八字と年号とが刻まれている(宮城県史蹟名勝天然紀念物調査報告第四輯)。もと安養あんよう寺跡の土中にあったが、享保八年(一七二三)に発見され、善応寺の天嶺(のち松島瑞巌寺七世)により同寺に移された。裏面の碑文はその時のもので、筆は天嶺の手になる。碑の表銘は難解な碑文で、本文中に「弔亡魂」という言葉や「弘安第五天」という年紀により、元僧祖元(清俊とも)が蒙古軍の供養のために建てたものと推測され、蒙古の碑と称されるようになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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