日本大百科全書(ニッポニカ) 「種子」の意味・わかりやすい解説
種子
しゅし
裸子植物および被子植物がもつ生殖器官の一つ。日常的には種(たね)とよぶことが多い。生活環のうえでの種子の機能は、中に包まれている胚(はい)(若い胞子体)を母(ぼ)植物とは別の場所に散布し、そこで胚を発芽させるか、または条件の悪いときには休眠させておくことである。なお、種子と胚珠とは同義に近いが、普通、成熟して休眠状態にあるものを種子、発達中のものを胚珠とよぶ。
種子のおもな構成要素は、種皮、栄養組織、胚の三つである。
[山下貴司]
種皮
種皮とは種子の周囲を覆う皮膜をいい、胚珠における珠皮が変化したものである。珠皮は1枚のもの(多くは裸子植物と被子植物合弁花類)と2枚のもの(多くは離弁花類と単子葉類)とがあり、後者では種皮もこれに対応して、2枚からなる。ときには、外種皮と内種皮とに区別する。いずれの場合でも、種皮はさらに何層かの性質の異なる組織に分化しているのが普通である。その分化の仕方は植物の種類によってきわめて多様であるため、すべてを示すことはできないが、代表的な例をいくつかあげることとする。
(1)種皮の組織 アブラナ属の種皮では、外種皮と内種皮が区別できる(胚乳(後述)の最外層であるアリューロン層(糊粉(こふん)層)と、細胞質が抜けてつぶれた内胚乳の組織となっている。
)。外種皮の最外層はペクチンを含む粘液細胞層である。この層は地中で水分に出会うと膨潤して、発芽の準備をする。その内側には、押しつぶされた外種皮の柔組織がある。これは若いときには数層の柔細胞であったが、完熟するとともに細胞質が抜け、内外からの圧力で押しつぶされたものである。外種皮の最内層は厚壁組織(厚膜組織、機械組織ともいう)で、細胞壁にはリグニン(木材素)が沈着して堅くなり、すきまのない層をつくっている。この層は中にある胚を保護するとともに、容易には水を浸透させず、条件がよくなるまで発芽を抑制する働きをもっており、外側の細胞が十分に吸水して一定の時間がたったあとに、初めて内側に水を浸透させる。厚壁組織の存在する場所は植物の種類によって異なり、アブラナ属よりもさらに外側の場合もあれば、内種皮に存在する場合もある。また、堅さの程度も植物によってさまざまである。なお、地中の微生物によって厚壁組織が徐々に分解され、水が浸透することも多い。アブラナ属の内種皮は、若いときには多層の柔組織からなっているが、完熟すると最内層以外は押しつぶされる。この最内層は黒色の色素を含む細胞からできている(色素細胞層)。この層より内側はもはや種皮ではなく、内以上がアブラナ属の種皮であるが、他の植物の種皮でよくみられる組織として、結晶を含む組織、繊維状の組織、維管束、多肉質の柔細胞からなる組織(多肉組織)などがある。多肉組織は厚壁組織よりも外側にあるのが普通で(イチョウ、モクレン、ザクロなど)、このような種子を動物が飲み込むと、厚壁組織よりも内側は消化されずに排泄(はいせつ)され、散布に役だつとされる。しかし、なかには有毒な多肉組織も多い。また、種皮の表面にはクチクラ(角皮)、気孔、パピラ(乳頭状突起)、毛などが存在することがある。ワタの繊維は表皮細胞が細長く伸び出したものである。
(2)へそ(臍) 種子の表面を観察すると、へそとよばれる特別な部位のあることが多い。これは、胚珠の基部である珠柄が子房内の胎座(裸子植物では種鱗(しゅりん)など)から離れて落ちた痕跡(こんせき)であり、その形と大きさは種類によってさまざまである。倒生胚珠(珠孔が珠柄と同じ側にあるもの)からできた種子では、珠柄の一部が種皮に沿着しており、へその近くに稜(りょう)のような隆起となっていることが多い。こうした種子では、胚珠の発達中に珠柄付近の組織が張り出し、種皮の一部または全部を覆うことがある。このような構造を仮種皮(種衣ともいう)とよぶ。被子植物ではキブシ(
)のほか、スイレン、ニクズクなどにみられ、仮種皮は本来の種皮よりも柔らかく、不規則な形となる。裸子植物ではイチイ、カヤ、イヌマキなどに多肉質の仮種皮がみられる。仮種皮のなかには、鳥や昆虫による種子散布に役だつものがあると考えられているが、その機能と起源については、まだ不明な点が多い。(3)珠孔 種子の表面にはもう一つの特別な部位として珠孔がある。その位置は直生胚珠のものではへその反対側、倒生胚珠のものではへそのすぐ近くである。珠孔は胚珠における珠皮の開口部で、受精のときに被子植物では花粉管が、裸子植物では花粉が侵入した場所である。しかし、成熟した種皮では完全に閉鎖され、外見からでは確認するのが困難なことが多い。こうした珠孔の周りに特別な組織が発達することがある。トウゴマなどでは、珠孔を覆ってカルンクルcaruncleとよばれる柔らかい突起ができ、脂質を分泌する( )。アリがこの部分を好み、種子を運搬するため、散布に役だつといわれる。また、ツユクサでは胚珠の成長の途中で珠孔の周囲の珠皮だけが早く堅くなる。しかし、他の部分はその後も成長を続けるため、珠孔付近にくびれができ、胚はそのくびれの中に入っている( )。発芽のときにはくびれた部分の種皮が蓋(ふた)のように外れ、そこから主根が出てくる。
被子植物には種皮の一部が張り出して翼(よく)となり、風で飛ぶものがある(キリ、ヒメシャラなど)。裸子植物のマツなどの種子にも翼がついているが、これは種鱗の組織の一部がはがれて種子に付着したものである。
[山下貴司]
栄養組織
種子における栄養組織として胚乳の語が使われるが、これには二つの意味がある。広義には種子に含まれる胚以外のすべての栄養組織をさすが、狭義には被子植物の内胚乳をさしている。ここでは狭義としてとらえ、以下、種子における栄養組織に触れる。
(1)裸子植物 裸子植物の成熟した種子の栄養組織は、雌性配偶体(前葉体ともいう)からできている。雌性配偶体の発達は、まず、若い胚珠の珠心(中央を占める柔組織)の中に大胞子母細胞ができ、これが減数分裂して核相n(半数世代)の細胞ができる。この細胞は、初めのうちは核だけが繰り返して分裂し、細胞壁をつくらない、いわゆる自由核分裂を行うが、大きな1個の細胞の中央には液胞があり、周辺部には数千個の核ができる。その後、周辺部から細胞壁の仕切りができ、しだいに中央にまで及んでいく。このころ、珠孔に近い部分に数個の造卵器がつくられ、その中で卵細胞が受精して胚発生が始まるが、雌性配偶体はその後も成長と肥大を続ける(貯蔵細胞が詰まっている。ただし、中央部は後述する初期胚によって消費され、空洞ができているのが普通である。貯蔵物質はソテツやイチョウではデンプン粒が多く、マツなどの球果類ではデンプンもあるが、脂質とタンパクからなるアリューロン粒が主体である。イチョウの種子(銀杏(ぎんなん))が秋に落下するとき、種皮の厚壁組織を割ると、中から薄膜に包まれた緑色で球形の組織塊が現れる。これが雌性配偶体であり、この部分を食用とする。このなかには初期胚も含まれているが、受精直後であるため、まだきわめて小さい。その後、種子が地中に埋没すると、胚は雌性配偶体を消費して成長を続ける。そして、翌春の発芽の直前には、雌性配偶体はほとんど吸収し尽くされることとなる。
)。成熟した種子では、珠心は雌性配偶体によって吸収し尽くされ、死んだ細胞からなる薄膜状の組織として残るだけである。その内側の雌性配偶体が種子の体積の大部分を占め、ここに(2)被子植物 被子植物の種子の栄養組織には外胚乳(外乳)と内胚乳(内乳)とがある。外胚乳は、珠心の組織の一部が受精後にもさらに発達して栄養を貯蔵するようになるもので、アカザ科、スイレン科などにみられる(
)。スイレンでは成熟した種子の体積の大部分を外胚乳が占め、その細胞は肥大して、中にデンプン粒をもっている。珠孔寄りの部分に薄膜状の内胚乳があり、胚はその中に包まれている。内胚乳は、被子植物のほとんどすべてがもつもっとも主要な栄養組織である。被子植物の雌性配偶体は胚嚢(はいのう)とよばれ、通常は8個の自由核をつくる。そのうちの中央にある2個の核が合体して極核となる。花粉管のもっている2個の精核のうち、1個は珠孔寄りにできた卵細胞と合体して胚をつくり、他の1個はこの極核と合体して内胚乳をつくる。これを重複受精という。したがって内胚乳は核相3n(三倍体)であり、胞子体とも配偶体とも異なる独立した植物体であると考えられている。内胚乳の発達様式には、初め中央に液胞ができ、周辺部に多数の自由核をつくる自由核型(アブラナ科、イネ科など)、初めから細胞壁の仕切りができる細胞型(キク科など)、第1回の分裂のときに細胞壁をつくり、そのあとに自由核分裂をする沼生(しょうせい)型(ユリ科など)の三つがある。ラン科などでは、内胚乳は数回の核分裂を行うのみで退化し、栄養をほとんどもたない種子をつくる。自由核型や沼生型の内胚乳であっても、比較的あとまで発達する場合には周辺部から細胞壁をつくり始める。マメ科やオモダカ科の内胚乳は細胞壁をつくる段階にまで発達するが、その後は胚が急速に肥大して内胚乳は吸収し尽くされてしまう。植物の解説などで、「種子に胚乳はない」と書かれているのはこのような状態をさしている。また、ココヤシの成熟した内胚乳では、周辺部に細胞からできた組織ができ、中央部は巨大な液胞で埋まる。これがココナッツミルクとよばれるものである。イネ科の内胚乳では、成熟すると中心部まで細胞が詰まり、その中にデンプン粒を入れている。内胚乳の貯蔵物質としてもっとも一般的なのがデンプンであり、内胚乳の最外層は普通、タンパクを含むアリューロン層となる。しかし、ユリ科やヤシ科の内胚乳にはデンプンがなく、脂質とタンパク質、および肥厚した細胞壁についているヘミセルロース(セルロースとともに細胞膜を構成する炭水化物)となる。
[山下貴司]
胚
受精卵がある程度発達した胞子体を胚とよぶが、裸子植物と被子植物では、その発達に違いがみられる。
(1)裸子植物 裸子植物の受精卵は、初めに自由核分裂を行ったあと、一部に細胞壁をつくり、この部分が細長い細胞列となって雌性配偶体の中に伸び出す。この段階のものを初期胚という。初期胚は配偶体の組織を溶かしながら曲がりくねって伸び、多くの分枝を行う。やがてそれぞれの枝の先端に分裂組織の塊(胚)ができ、これがそれぞれ子葉や主根などを備えた幼植物の形をつくり始める。したがって、1個の胚珠の中に多数の幼植物ができることになるが、通常は、このうちもっとも早く発達したものだけが完熟時まで残り、他はこれによって吸収される。
(2)被子植物 被子植物の受精卵は、まず細胞分裂をして組織の塊を形成し、これからただちに1個の幼植物をつくり始める。しかし、完熟時の種子に入っている胚をみた場合、胚の発達段階は、種類によってさまざまである。ニリンソウなどのキンポウゲ科の場合でみると、種子が落下したときに入っている胚はまだ分裂していない受精卵であるか、または少数の細胞からなる未分化な塊にすぎず、種子が地中に埋没してから胚は内胚乳から栄養をとって発達する。また、ラン科の完熟種子中の胚も同様な状態であるが、この場合は栄養組織がないので自力で発芽することはできず、地中にある共生菌の菌糸から栄養をとって発芽、成長する。しかし、他のほとんどの植物では胚は胚珠中でさらに発達し、子葉・茎頂・胚軸・主根などの幼植物の諸器官をつくったのち、休眠する。マメ科では胚は内胚乳を吸収し尽くすまで発達し、2個の子葉が肥大して種子の体積の大部分を占め、タンパク質、脂質などを貯蔵するようになる。ほとんどの種子で、胚は主根の根端を珠孔に向けて入っている。このため、休眠中の胚軸と主根の細胞は、長軸方向から扁圧(へんあつ)された形となっているが、これが吸水すると長軸方向に膨らむことから胚軸と主根が急激に伸び、珠孔付近の種皮を押し破って外に出る。
なお、種苗店などで「種子」として扱われるもののなかには、学問的にみると「果実」とよぶべきものも多数含まれている。たとえば、キク科などで種子というのは、実際には痩果(そうか)(単子房、単種の果実)であり、外側の堅い殻は子房壁に由来する果皮で、機能的にはこれが種皮のかわりをしている。果皮の中にはただ1個の種子があり、本来の種皮は薄膜状となっている。また、イネ科で種子とよぶのは、実際には穎果(えいか)(痩果の一種)であり、種皮は子房壁の裏側に合着し、別々にはがすことができなくなっている。
[山下貴司]
アブラナ属の種皮の断面〔図A〕
キブシの種子の縦断面〔図B〕
トウゴマの種子と縦断面〔図C〕
ツユクサの種子の縦断面〔図D〕
イチョウの胚珠と種子の縦断面〔図E〕
スイレン科の種子の断面〔図F〕
種子の散布方法