蒲庭村(読み)かばにわむら

日本歴史地名大系 「蒲庭村」の解説

蒲庭村
かばにわむら

[現在地名]相馬市蒲庭

磯部いそべ村の南、東を太平洋に面した丘陵上に位置し、南西八沢やさわ浦に臨む。同浦の海口にあたる八沢湊の対岸行方なめかた北海老きたえび村・北屋形きたやかた(現鹿島町)。天保郷帳に「古者 蒲庭村・立切新田弐ケ村」と注記される。なお、八沢浦は当村と柚木ゆぬき村、および行方郡の北屋形村・南柚木村・北海老村(現鹿島町)に囲まれた汽水湖であったが、明治四〇年(一九〇七)から干拓事業が進められ、現在は一面の水田と化している。天文二二年(一五五三)の晴宗公采地下賜録によると、宇多うだ庄内の「かは庭」が小泉平三に与えられている。

正保郷帳では田方一三八石余・畑方三三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む