日本歴史地名大系 「蔵成村」の解説 蔵成村くらなりむら 福岡県:浮羽郡田主丸町蔵成村[現在地名]田主丸町秋成(あきなり)蔵八(くらはち)村の西に位置する。日田街道が通り、一里塚が置かれた(在方諸覚書)。天正七年(一五七九)六月一八日、大友義統は龍造寺隆信の筑後侵攻に際し、龍造寺方に帰順した草野右衛門督鎮永(家清)の所領の竹野(たかの)郡のうち「蔵成」四町を新田掃部助鎮実に与えている(「大友義統袖判坪付」佐田文書/福岡県史資料一〇)。同地は文亀二年(一五〇二)に草野重永が大友親治から与えられた竹野東(たかのとう)郷五四町(同年三月三日「大友親治宛行状案」草野文書/久留米市史7 資料編古代・中世)の一部とみられる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by