日本歴史地名大系 「蔵館村」の解説
蔵館村
くらたてむら
[現在地名]大鰐町蔵館
東に
「永禄日記」によれば、慶長一五年(一六一〇)「惣而御普請材木夥敷、関山より毎日々々川流し引賦等仕候。尤蔵舘山石川山辺切尽し申程ニ候」とあり、弘前城の本格的な築城開始で、多量の材木を必要とした。正保二年(一六四五)の津軽知行高之帳の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
東に
「永禄日記」によれば、慶長一五年(一六一〇)「惣而御普請材木夥敷、関山より毎日々々川流し引賦等仕候。尤蔵舘山石川山辺切尽し申程ニ候」とあり、弘前城の本格的な築城開始で、多量の材木を必要とした。正保二年(一六四五)の津軽知行高之帳の
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