薩摩藩邸焼打事件

山川 日本史小辞典 改訂新版 「薩摩藩邸焼打事件」の解説

薩摩藩邸焼打事件
さつまはんていやきうちじけん

1867年(慶応3)12月25日,江戸の鹿児島藩邸と佐土原藩邸が幕府の命により攻撃された事件。同年10月頃から,鹿児島藩の西郷隆盛が江戸と関東攪乱を計画,浪士を同藩邸に集め,下野国出流山(いずるさん)(現,栃木市)での挙兵皮切りに江戸市中の攪乱を開始した。これは大政奉還後の政局に対する討幕派の政治的挑発で,幕府は鶴岡藩兵を中心とする武力によって両藩邸を攻撃した。この事件が鳥羽伏見の戦の発端となった。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

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