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藤井小八郎 ふじい こはちろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤井小八郎 ふじい-こはちろう

?-? 江戸時代中期の人形浄瑠璃(じょうるり)の人形遣い。
享保(きょうほう)末年から宝暦(1751-64)にかけて大坂の豊竹(とよたけ)座につとめ,女方人形遣いの名手として2代藤井小三郎とともに活躍した。小三郎の弟ともいう。「和田合戦女舞鶴」の主人公の板額(はんがく)をそれまでの2倍の大きさの人形をつかって好評を博した。宝暦9年江戸へうつり,14年引退。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤井小八郎

生年:生没年不詳
江戸中期,人形浄瑠璃女形人形遣い。主に上方で活躍。藤井小三郎の弟ともいう。享保末年から豊竹座に出演し,再演の「北条時頼記」,初演の「清和源氏十五段」の出遣いに小三郎と共演した。「和田合戦女舞鶴」(1736)では主人公の板額を,従来の2倍の大きさの女形人形にして遣い好評を得た。一人遣いから三人遣いへと移行する時期に活躍,「潤色江戸紫」の八百屋お七では一場面に両操法を見せたらしい。一時江戸に下り,豊竹座に戻って「義仲勲功記」(1756)大切に江戸土産の節事「乱菊枕慈童」の出遣いを披露した。長年豊竹座を支え,女形遣いの第一人者となったが,宝暦9(1759)年江戸へ移住,14年肥前座で一世一代の「乱菊枕慈童」を演じて引退した。<参考文献>日本演劇文献研究会編『浄瑠璃研究文献集成』,人形舞台研究会編『人形浄瑠璃舞台史』

(平田澄子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の藤井小八郎の言及

【人形浄瑠璃】より

…劇と語り物の接点に立つ舞台芸術。その最も円熟した形態が,現在文楽と呼ばれる,義太夫節浄瑠璃に合わせて,三人遣いの人形が操られるものである。なお,音楽史の側面は〈義太夫節〉の項目を,また歌舞伎への影響については〈歌舞伎〉の項目のうち[人形浄瑠璃との交流]を参照されたい。
【人形浄瑠璃の歴史】

[成立]
 浄瑠璃は,三河国矢矧(やはぎ)の長者の娘浄瑠璃姫と牛若丸の恋物語で,《十二段草子》とも呼ばれ,中世後期から近世初期に多くの絵巻や草子に書き留められたが,本来は三河の巫女たちによって語られた女主人公をめぐる鳳来寺峰の薬師の霊験譚であったといわれる。…

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