藤切神社(読み)ふじきりじんじや

日本歴史地名大系 「藤切神社」の解説

藤切神社
ふじきりじんじや

[現在地名]永源寺町甲津畑

和南(わなみ)川右岸の山裾にある。祭神は天田凝比売(あめのたごりひめ)命・天市杵島比(あめのいちきしまひめ)命・澳津比売(おくつひめ)命。かつては藤切大明神とよばれ、近くを千草(ちぐさ)越が通っていた。旧村社。天応元年(七八一)の勧請、大同三年(八〇八)に社殿が創建され、天永三年(一一一二)・応永元年(一三九四)再建されたと伝える(文正元年「藤斬大明神社紀」当社蔵)。「延喜式」内蔵寮の諸国年料供進条に、近江国より三〇斤供進とある曝黒葛(藤)は、当地から伐り出されたといわれ、社名はこのことにちなむともされる(蒲生郡志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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