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藤原定経 ふじわらの さだつね

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原定経 ふじわらの-さだつね

1158-1231 平安後期-鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
保元(ほうげん)3年生まれ。藤原経房の子。母は平範家の娘。後白河院判官代,院分国美濃(みの)の国守,のち弁官,蔵人頭(くろうどのとう)をへて建久8年(1197)参議。10年従三位にすすむが,同年菩提(ぼだい)心をおこして出家し,父に義絶された。寛喜(かんぎ)3年2月13日死去。74歳。法名は蓮位。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原定経

没年:寛喜3.2.13(1231.3.18)
生年保元3(1158)
鎌倉前期の公卿。権大納言経房の子,母は平範家の娘。三事兼帯(五位蔵人の職にあって,衛門佐,弁官の2官を帯すること),弁を去り蔵人頭を経て建久8(1197)年参議となった。正治1(1199)年従三位に叙されたが天王寺で出家,父に義絶される。法名蓮位。日記『西記』がある。『千載集』以下勅撰集に4首入集。『明月記』で藤原定家は,弁を去って近衛将を超えた始まりと難じている。

(今村みゑ子)

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