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藤原行隆 ふじわらの ゆきたか

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原行隆 ふじわらの-ゆきたか

1130-1187 平安後期-鎌倉時代の官吏。
大治(だいじ)5年生まれ。権(ごんの)中納言藤原顕時(あきとき)の子。永万元年(1165)左少弁となるが,翌年に解任。治承(じしょう)3年(1179)平清盛クーデターのとき左少弁にもどり,山城守,造東大寺長官をへて左大弁,正四位下にいたる。「平家物語」の作者とされる藤原行長の父。文治(ぶんじ)3年3月17日死去。58歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原行隆

没年:文治3.3.17(1187.4.27)
生年:大治5(1130)
平安末・鎌倉初期の官人。権中納言顕時の長男。母は右少弁藤原有業の娘。美福門院に仕え,その養子二条天皇に仕えて永暦1(1160)年に蔵人となる。永万1(1165)年左少弁となるが,二条天皇の譲位の翌年に解官されて14年もの間籠居した。しかし治承3(1179)年11月に平清盛のクーデタによって左少弁に還任,安徳天皇の蔵人となる。こののちは政務に励み,養和1(1181)年に造東大寺長官に任ぜられて,平重衡によって焼かれた東大寺大仏の再建に勧進上人重源と共に尽力した。その子行長は『平家物語』の作者とされる。<参考文献>五味文彦『平家物語,史と説話』

(土谷恵)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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