日本歴史地名大系 「蠣久天満宮」の解説
蠣久天満宮
かきひさてんまんぐう
[現在地名]佐賀市鍋島町大字蛎久字蛎久
寛文元年(一六六一)六月の一千句法楽連歌には佐賀藩主鍋島光茂や宮司らの連歌が奉納され、のち綱茂も奉納連歌を続けた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
寛文元年(一六六一)六月の一千句法楽連歌には佐賀藩主鍋島光茂や宮司らの連歌が奉納され、のち綱茂も奉納連歌を続けた。
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