西の追分(読み)にしのおいわけ

日本歴史地名大系 「西の追分」の解説

西の追分
にしのおいわけ

[現在地名]関町新所町

東海道関宿の西端から大和街道が分岐する地点。県指定史跡。伊賀上野へ約七里。大和街道は古代の東海道であったが、仁和二年(八八六)鈴鹿峠が開かれると脇道となった。「東海道宿村大概帳」に「伊賀・大和江之道筋、宿外れ道印有之、是より左り江入る加太越といふ」とあるように、近世には奈良の社寺参詣に多く利用された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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