西保新村(読み)にしほしんむら

日本歴史地名大系 「西保新村」の解説

西保新村
にしほしんむら

[現在地名]高岡戸出西部金屋といでにしぶかなや

西部金屋村に囲まれる。慶長一六年(一六一一)西部金屋村の鋳物師弥右衛門らが高岡へ移住すると、元和三年(一六一七)に地元に残った鋳物師に対し百姓並みの郡役が課されることになった(釜本家文書)。そのため西部金屋村の鋳物師はその特権継続のため、百姓地と区分して字上川原かみかわら野毛に鋳物師居屋敷地一千二〇〇歩および作業場用地一五〇歩をもって、承応四年(一六五五)に一村立てを願出て許された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む