西古瀬村(読み)にしごせむら

日本歴史地名大系 「西古瀬村」の解説

西古瀬村
にしごせむら

[現在地名]社町西古瀬

加古川とその支流東条(とうじよう)川の合流点に位置し、東は中古瀬村。現在行政上は「にしこせ」という。戦国時代は福田(ふくだ)保内の古瀬村に含まれていた。慶長国絵図に「西こせ村」とみえる。正保郷帳に西古瀬村とみえ、幕府領、田方七〇五石余・畠方二八石余。以後幕府領として幕末に至ったとみられる(旧高旧領取調帳など)。元禄郷帳では高七五九石余。天保郷帳では高八二〇石余。加古川左岸の河原(かわら)新田は享保(一七一六―三六)末頃に大坂の播磨屋吉兵衛が開いた町人請負新田で、元文五年(一七四〇)の新田検地では六〇石余(新修加東郡誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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