西園寺実清(読み)さいおんじ さねきよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「西園寺実清」の解説

西園寺実清 さいおんじ-さねきよ

?-? 戦国時代の武将
伊予(いよ)(愛媛県)宇和地方の領主弘治(こうじ)2年(1556)宇都宮氏との抗争で子の公高が戦死,このころ本拠を松葉城から黒瀬城にうつした。永禄(えいろく)3年左近衛(さこんえの)少将。8年所領を養子の公広(きんひろ)にゆずり,京都大徳寺で僧となった。別名に実充(さねみつ)。号は松葉。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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