西域南北道(読み)せいいきなんぼくどう(その他表記)Xi-yu Nan-bei-dao; Hsi-yü Nan-pei-tao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「西域南北道」の意味・わかりやすい解説

西域南北道
せいいきなんぼくどう
Xi-yu Nan-bei-dao; Hsi-yü Nan-pei-tao

いわゆる天山南北路のうちの南路を東西に通過する道をいう。中国から西進する際の交通路は,河西地方を通って敦煌から南北に分岐する。北道はロプノール湖北岸から焉耆 (えんき) へ出てさらに西へ天山南麓の諸オアシスを経由してカシュガルにいたる。そのほか敦煌からハミへ北上してから西へトゥルファン (吐魯番) 盆地を横切る道もあった。南道はクンルン山脈北麓のオアシスを縫ってカシュガルで北道と合流する。7世紀以後,南道は次第に衰退した。内陸アジアの東西交通路として古くから栄え,東西の諸帝国,王朝および南北の遊牧勢力の争奪の的となった一方,沿道オアシス独自の文化を育成した。

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