西宇土小路(読み)にしうとこうじ

日本歴史地名大系 「西宇土小路」の解説

西宇土小路
にしうとこうじ

この小路は途中に京町台の低地があるため南北に貫通せず、中央東西通りから約四〇間南に入り、さらに東に入って袋小路となる。北側地域の東側は五屋敷と一下屋敷が並び、二〇〇石前後の武家屋敷である。宝暦三年には小路沿いに六屋敷、中央東西通り沿いに二屋敷と増加し、間口八間ほどとなった。文政八年には屋敷数は変わらないが、切米取屋敷が一、下屋敷が二みられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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