西島城跡(読み)にしじまじようあと

日本歴史地名大系 「西島城跡」の解説

西島城跡
にしじまじようあと

[現在地名]三根町大字西島字本分

西島八幡神社の南にあった中世の平城。遺構として本丸跡といわれる堀をめぐらした約一ヘクタールの地がある。

西島城は横岳家の始祖頼房の築城と伝えられる。応永年中(一三九四―一四二八)大宰少弐貞頼の長子満貞が少弐を継ぎ、次子頼房は初め大宰府北方の横岳よこたけに城を築いて横岳氏を称した。のち西島城を築いて移り、以後横岳氏はこの三根郡西島地方を本拠とするようになる。五代鎮貞の時、豊後の大友氏の勢力がこの地方に及ぶようになってその支配下となり、しばしば竜造寺氏と争った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む