西延末村(読み)にしのぶすえむら

日本歴史地名大系 「西延末村」の解説

西延末村
にしのぶすえむら

[現在地名]姫路市西延末

飾西(しきさい)郡に所属。手柄(てがら)山の北に位置し、東は延末村。延末村の出作村で新屋敷(しんやしき)ともよばれたという。以前は当村とその周辺を含む地域に八木(やぎ)村があった。天正三年(一五七五)の近村めぐり一歩記(智恵袋)に、甲(かぶと)山(冑山)のすぐ南の「八木村」は「のうね村地」とある。同七年の播磨国衙巡行考証(同書)には、八木の里は「民家二百斗」で、その位置は甲山の東と記され、のちの追記に「八木ハ延末新村也」とみえる。現在延末の北西部と千代田(ちよだ)町南部に残る字八木はその遺称と思われる。ただし八木村の位置については前掲の二つの記録に食違いがあり、延末新村を西延末村とするには確かな史料に欠ける。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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