西押川村(読み)にしおしかわむら

日本歴史地名大系 「西押川村」の解説

西押川村
にしおしかわむら

[現在地名]富山市西押川

境野新(さかいのしん)扇状地の小台地上に位置し、東は北押川村、西は山本(やまもと)村・北野(きたの)村。婦負郡に属し、江戸時代中頃までは北押川村とともに押川村と称した。富山藩領で、享保六年(一七二一)の村付高改帳(島倉家文書)に西押川村とみえ、高三五一石余。寛政二年(一七九〇)の高物成品々手鏡では西押河村として古高三五一石余・定免三ツ一歩一厘、新田高三八石余・平均免九歩六厘五味、銀納畑一万一千三五七歩六厘、小物成は山役五二匁四分一厘。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む