西阿用村(読み)にしあようむら

日本歴史地名大系 「西阿用村」の解説

西阿用村
にしあようむら

[現在地名]大東町西阿用

大(おお)ヶ谷(だに)村の南、赤(あか)川の支流佐世(させ)川上流域に位置する。西は宇谷(うだに)村(現木次町)。「出雲国風土記」大原郡に佐世小川の源の山とある阿用山は当村東方の標高四〇〇メートルの山に比定される。正保国絵図に村名がみえる。元禄十年出雲国郷帳によると高七二一石余、寛文四年(一六六四)の本田高六八六石余。「雲陽大数録」では高七二〇石。「郡村誌」によると戸数一三九(うち社二・寺一)・人数五八九、民業は農業一一七戸・工業一六戸・商業三戸、物産は生人参三〇〇貫目・煙草三千斤・薪八千貫目。熊野神社はもと若宮神社といわれ、松尾山(まつおやま)城主赤穴玄蕃頭の崇敬した社であるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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