誓願寺墓地(読み)せいがんじぼち

日本歴史地名大系 「誓願寺墓地」の解説

誓願寺墓地
せいがんじぼち

[現在地名]中京区桜之町

誓願寺と六角通を隔て三条通南裏側に位置する。墓地の入口には永享一一年(一四三九)に建立された半肉彫六地蔵石幢がある。墓地内には誓願寺歴代の墓のほかに、中御門天皇皇女清浄法院、霊元天皇皇子受楽光院、安楽庵策伝、江戸時代中期の医者で刑死者の解剖を許された山脇東洋歌舞伎芝居「柱川連理柵」で知られるお半・長右衛門、幕末の国学者穂井田忠友、医者で本居宣長について古学をきわめた服部中庸などの墓をはじめ、古くは永享一一年の銘のある墓から近世公家・文化人など多くの墓がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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