諸岡別符(読み)もろおかべつぷ

日本歴史地名大系 「諸岡別符」の解説

諸岡別符
もろおかべつぷ

諸岡川と那珂なか川に挟まれた現諸岡付近一帯に比定される別符。応保元年(一一六一)一〇月二三日の四王寺所出日記(醍醐雑事記/大宰府・太宰府天満宮史料七)に「諸岡別符」とみえ、山城醍醐寺の末寺大宰府四王しおう寺領で、本田数は七二町、在家三〇軒であった。建武三年(一三三六)三月一日、少弐勢は有智山うちやま(現太宰府市)を攻め落して博多や箱崎はこざき(現東区)に討入ろうとした菊池武敏・阿蘇惟直勢を板付いたづけ・諸岡原で防ごうとし、一族の少弐貞広・同経家が戦死している(「武藤系図」諸家系図纂など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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