諸川村(読み)もろかわむら

日本歴史地名大系 「諸川村」の解説

諸川村
もろかわむら

[現在地名]三和町諸川

飯沼新田いいぬましんでんの西、長井戸ながいど(現在は水田)の東に所在。北西と南へ台地が広がり、東を西仁連にしにれ川が流れる。北は五部ごへ村。村内をほぼ南北に日光東街道(境―結城街道)が貫通し、江戸時代には継立場として栄え、諸川宿・諸川町ともいわれた。飯沼に臨む台地山林中の諸川八幡塚もろかわはちまんつか古墳は墳頂に八幡社を祀る方墳で、南北底二二メートル・東西底二一メートル・高さ八メートル。近世以前は「師河」「師川」「室川」とも記した(猿島の郷土史)

天正一八年(一五九〇)の豊臣秀吉宛行状(山川修二文書)の「幸嶋郷之内」に「十五貫文 もろ川」とあり、山川やまかわ(現結城市)城主山川晴重の領地であったが、山川氏は慶長六年(一六〇一)越前移封。同七年より天領、元和二年(一六一六)山川藩領、寛永一七年(一六四〇)旗本三浦氏知行地、正徳二年(一七一二)下野壬生藩領、宝暦元年(一七五一)天領となり明治に至る(猿島の郷土史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android