谷地賀村(読み)やじつかむら

日本歴史地名大系 「谷地賀村」の解説

谷地賀村
やじつかむら

[現在地名]南河内町谷地賀

川沿岸の低地に位置し、西は田中たなか村・下文挟しもふばさみ村。元禄郷帳と天保郷帳には「木川田谷地賀村」とみえる。近世初めは宇都宮藩領。慶安郷帳に村名がみえ、田高三四一石・畑高一五六石余、旗本曾我・坂井・根来の三給。元禄一一年(一六九八)には宇都宮藩領と旗本酒井・増井・島田の四給(「村高領主書上帳」田村吉隆文書)、享保九年(一七二四)には幕府領と旗本島田・酒井の三給(「芝野二百町歩開発願」稲見喜正文書)。改革組合村では旗本酒井・竹本・島田の三給で幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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