谷崎村(読み)やざきむら

日本歴史地名大系 「谷崎村」の解説

谷崎村
やざきむら

[現在地名]森町一宮(いちみや)

片瀬(かたせ)村の北、一宮川の右岸にある。村名は衾之谷(ふすまのや)の崎に位置することに由来する(遠江国風土記伝)。永禄一二年(一五六九)閏五月二日の今川氏真判物写(記録御用所本古文書)に三浦義次に与えられた所領のうちとしてみえる「徳谷崎」を当地に比定する考え方もある。天正一七年(一五八九)七月七日付の徳川家七ヵ条定書のなかに、「谷崎村」宛の一通(北島文書)がある。文禄四年(一五九五)には豊臣秀吉の蔵入地で、同年八月には山内一豊が谷崎村二三〇石余など六ヵ所の代官に任じられている(「豊臣秀吉代官補任状写」一豊公紀)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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