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山内一豊 やまのうちかずとよ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

山内一豊
やまのうちかずとよ

[生]天文15(1546).尾張
[没]慶長10(1605).9.20. 高知
安土桃山~江戸時代初期の大名。土佐藩主。但馬守盛豊の3男。母は梶原氏。辰之助,猪右衛門と称した。織田信長に仕え,元亀1 (1570) 年姉川の戦いで功をあげ,のち豊臣秀吉に属して中国征伐に従い毛利氏と戦った。

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デジタル大辞泉の解説

やまうち‐かずとよ【山内一豊】

[1546~1605]安土桃山時代の武将。尾張の人。織田信長豊臣秀吉に仕えたが、関ヶ原の戦い徳川家康につき、土佐20万石に封ぜられた。信長の馬揃えの際、妻が貯えの金で名馬を買わせたという内助の功の逸話がある。やまのうちかずとよ。

やまのうち‐かずとよ【山内一豊】

やまうちかずとよ

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百科事典マイペディアの解説

山内一豊【やまうちかずとよ】

安土桃山時代の武将。土佐藩主山内家の祖。通称猪右衛門(いえもん)。織田信長,豊臣秀吉に仕え,戦功多く遠江(とおとうみ)掛川城主となる。関ヶ原の戦に徳川方につき土佐20万余石を与えられ高知城主となる。
→関連項目高知[県]高知藩

山内一豊【やまのうちかずとよ】

山内(やまうち)一豊

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山内一豊 やまうち-かずとよ

1545/46-1605 戦国-江戸時代前期の武将,大名。
天文(てんぶん)14/15年生まれ。織田信長,豊臣秀吉につかえる。近江(おうみ)長浜城主などをへて,天正(てんしょう)18年遠江(とおとうみ)掛川城主。慶長5年関ケ原の戦いの功により,土佐高知藩主山内家初代となる。20万2600石。高知城をきずき,支配体制をかためた。慶長10年9月20日死去。60/61歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。通称は辰之助,伊(猪)右衛門。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山内一豊

没年:慶長10.9.20(1605.11.1)
生年:天文15(1546)
安土桃山・江戸前期の武将。姓は「やまのうち」ともいう。尾張上4郡守護代織田伊勢守の家老である尾張黒田城主山内盛豊の子。通称は猪右衛門(伊右衛門とも書く)。織田伊勢守家が信長によって滅ぼされたあと,しばらく浪々ののち信長に仕えることになり,元亀1(1570)年の越前金ケ崎城攻め,姉川の戦に従軍する。妻のまつ(千代とも。のち見性院)のへそくりによって名馬を買ったとするエピソードはそのころのことか。ただし,この逸話は良質の史料にはみえない。豊臣秀吉の北近江領有のころから秀吉に仕えるようになり,天正1(1573)年には近江長浜の唐国で400石を与えられる。同5年,秀吉が播磨にも所領を与えられると同地で2000石余となり,同10年には秀吉の馬廻衆として黄母衣衆となった。同13年6月,若狭高浜城1万9800石,次いで同年閏8月,近江長浜城2万石となり,ほかに1万石の豊臣家直轄領の代官となり,また従五位下・対馬守に叙任された。同18年の小田原攻めののち,遠江掛川城主5万石となり,新領地の検地および新しい掛川城と城下町を造った。慶長5(1600)年の関ケ原の戦には東軍に属し,徳川家康の会津攻めに従い,下野小山の軍評定の場で「掛川城と城内の兵糧を家康殿に献上する」と発言して家康をよろこばせ,実際,城を差しだしている。また妻からの大坂方の人質政策などを記した密書を提供し,戦いののち,土佐一国20万石に栄転し高知城主となり,土佐藩祖となった。<参考文献>山本大『山内一豊

(小和田哲男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

やまうちかずとよ【山内一豊】

1545か46‐1605(天文14か15‐慶長10)
安土桃山時代の武将。初代土佐藩主。通称伊(猪)右衛門。父盛豊は尾張国岩倉城主織田信安に仕え黒田城を預かるが,1559年(永禄2)織田信長のため落城。一豊は尾張から美濃,近江へと流転し,勢多城主山岡氏に仕え200石を領した。73年(天正1)豊臣秀吉の配下として越前朝倉氏と戦い,近江唐国に400石を領した。このころ妻の金で馬を買った話は有名。77年播磨に移り2000石を領し,さらに柴田勝家軍の追撃,小牧・長久手の戦,紀州征伐などに従軍し,88年には近江国長浜で2万石を領し,豊臣秀次の老臣となる。

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大辞林 第三版の解説

やまのうちかずとよ【山内一豊】

1546~1605) 安土桃山・江戸初期の武将。尾張の人。土佐藩祖。織田信長・豊臣秀吉に仕え、遠江掛川五万石を領した。関ヶ原の戦いでは徳川方に属し、戦後土佐二〇万石の領主となる。信長の馬揃えにあたり、妻が鏡の裏から秘蔵の金を出し、一豊に名馬を買わせた内助の功の話が伝わる。

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世界大百科事典内の山内一豊の言及

【高知[市]】より

…古代の高坂郷,中世の大高坂郷に属するこの地は,南北両党が激突するなど早くから土佐中部の要衝として注目されていたが,浦戸湾奥の低湿地で治水に難があり,1588年(天正16)ころ大高坂城下町経営に着手した長宗我部元親も失敗,放棄して浦戸へ移転している。関ヶ原の戦後新領主となった山内一豊は,入国直後より大高坂の故地に新城を築き1603年(慶長8)浦戸より入城,以後高知は土佐一国を管する山内氏の城下町として幕末に至る。はじめ地形にちなんで河中と書かれたが,水害を忌み10年高智と改め,のちさらに高知となる。…

【土佐国】より

…書冊では,大平氏印行・所蔵本筆写の〈父母恩重経〉(京都国立博物館)・《拾遺和歌集》(京都府立総合資料館)・《八雲御抄》(住吉大社),大平国光自筆短籍(金比羅宮),津野氏の《和玉篇》(大東急記念文庫)などがあって,室町・戦国期の国人文化を知る貴重な文化財となっている。【下村 効】
【近世】
 関ヶ原の戦後,土佐24万石(朱印高は20万石)の国主となったのは,遠江国掛川の城主山内(やまうち)一豊である。一豊は1601年(慶長6)浦戸城に入ったが,それに先立ち,一領具足(兵農未分離の長宗我部氏下級家臣)たちが明渡しを拒否して抗戦し273名が討死する,いわゆる浦戸一揆が起こった。…

【土佐藩】より

…高知藩ともいう。藩主は山内(やまうち)氏で藩祖山内一豊以下16代。一豊は関ヶ原の戦のあと,遠江国掛川6万石の城主より土佐24万石(朱印高は20万2626石)に栄進,この恩顧の念が明治維新に際しても藩主の行動を制約した。…

【山内一豊】より

…安土桃山時代の武将。初代土佐藩主。通称伊(猪)右衛門。父盛豊は尾張国岩倉城主織田信安に仕え黒田城を預かるが,1559年(永禄2)織田信長のため落城。一豊は尾張から美濃,近江へと流転し,勢多城主山岡氏に仕え200石を領した。73年(天正1)豊臣秀吉の配下として越前朝倉氏と戦い,近江唐国に400石を領した。このころ妻の金で馬を買った話は有名。77年播磨に移り2000石を領し,さらに柴田勝家軍の追撃,小牧・長久手の戦,紀州征伐などに従軍し,88年には近江国長浜で2万石を領し,豊臣秀次の老臣となる。…

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