谷畑村(読み)たにはたむら

日本歴史地名大系 「谷畑村」の解説

谷畑村
たにはたむら

[現在地名]上石津町谷畑

牧田まきだ川支流の鍛冶屋かじや川沿いにあり、東は鍛冶屋村、西はおく村。中田なかた村ともいう(天保郷帳など)。文禄五年(一五九六)の多良山年貢割帳(西脇文書)に中田村とみえ、「きたはた」分として二斗の年貢が割当てられている。元禄郷帳には谷畑村とあり、高一六四石余で尾張藩領、旗本北高木領・別所孫右衛門領の相給。明治一四年(一八八一)の町村略誌では人数一七四・家数三九、名産に繭・生糸製茶・炭があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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