コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

豊国廟 トヨクニビョウ

3件 の用語解説(豊国廟の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

とよくに‐びょう〔‐ベウ〕【豊国廟】

京都市東山の阿弥陀ヶ峰にあった豊臣秀吉の霊廟。日光廟などの先駆をなす。豊臣氏滅亡とともに衰退、廃絶。明治期に豊国神社に再建された。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

とよくにびょう【豊国廟】

京都東山の阿弥陀ヶ峰にあった豊臣秀吉の霊廟。豊臣氏滅亡とともに徳川氏に取りこわされたが、明治になって五輪塔が築造された。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の豊国廟の言及

【安土桃山時代美術】より

…それに続く文禄1‐慶長5年(1592‐1600)は,桃山美術の完成期ともいうべき重要な時期である。この時期の建築の遺品は少ないが竹生島にある宝厳寺の唐門と都久夫須麻神社本殿は,1599年(慶長4)造営の豊国廟の一部遺構と推定されている。その内外の建築装飾は鳥獣,草花などをモティーフとし,派手な彩色や牡丹唐草の精巧な透し彫など他の時代に見られぬ生気にあふれた意匠を展開している。…

【廟】より

…【三浦 国雄】
[日本の霊廟建築]
 日本では近世になって,豊臣秀吉や徳川家康など権力者の霊を廟としてまつり,その建築は霊廟建築として著しく発達した。京都阿弥陀ヶ峰の豊国廟(豊国(とよくに)神社)は秀吉の霊をまつり,1599年(慶長4)に営まれた古い例であり,その建築に際しては,北野神社に用いられていた石の間造,すなわち本殿とその前にたつ拝殿とを,石の間(相の間)で連結した形式を採用した。石の間造はこの後,霊廟建築の範となり,家康をまつった日光東照宮(1636)をはじめとして,各地の東照宮でも好んで採用された。…

※「豊国廟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

豊国廟の関連キーワード豊国神社六阿弥陀阿弥陀ヶ峰耳塚阿弥陀ヶ滝鳥辺野阿弥陀池阿弥陀ヶ池京都府京都市東山区今熊野阿弥陀ケ峯町京都府京都市東山区林下町

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone

豊国廟の関連情報