日本歴史地名大系 「豊富庄」の解説
豊富庄
とよとみのしよう
白河天皇の里内裏の一つ
南北朝に入り、足利尊氏に没収され
<資料は省略されています>
豊富庄に対する段銭徴収を停止するよう命じたものだが、翌二九年八月一〇日には豊富庄名主職をも寺家の直務としている(天龍寺文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
白河天皇の里内裏の一つ
南北朝に入り、足利尊氏に没収され
豊富庄に対する段銭徴収を停止するよう命じたものだが、翌二九年八月一〇日には豊富庄名主職をも寺家の直務としている(天龍寺文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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