豊田一色村(読み)とよだいつしきむら

日本歴史地名大系 「豊田一色村」の解説

豊田一色村
とよだいつしきむら

[現在地名]川越町豊田一色

朝明あさけ川の下流北岸、南福崎みなみふくさき村の西北に位置し、江戸時代を通じて桑名藩領。寛保三年(一七四三)では、本高のほか四七石余の新田高がある。また田六反二畝二〇歩、畑一反一畝一三歩を一株とする株地割が行われていた(「石割算用田畑反畝高揃帳」大塚家蔵)。享和三年(一八〇三)段階では株は全部で三二株あり、株の持高は当村大庄屋大塚久大夫の三株五分を筆頭に、最少の一歩(分)六厘三毛五まで九段階に分れていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む