貞重村(読み)さだしげむら

日本歴史地名大系 「貞重村」の解説

貞重村
さだしげむら

[現在地名]東広島市高屋たかや町貞重

頭崎かしらざき山の南に位置し、同山とその西方の山(五一〇メートル)の間を入野にゆうの川の支流入寺にゆうじ川が南流、東の高屋東たかやひがし村、西の高屋堀たかやほり村との間には比高三〇メートル前後の低丘陵があり、標高二五〇メートルほどの小盆地状を呈する。大永三年(一五二三)平賀興貞が頭崎山頂に拠城を築いて以後、平賀氏領の政治的中心地となり、「芸藩通志」によると平賀氏や家臣の屋敷、職人の存在をうかがわせる御屋敷・新地・大工屋敷・タタラ・蔵屋敷などの地名が残り、平賀氏の重臣名井氏の一族近世に当地にとどまり帰農した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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