貴布弥神社(読み)きふねじんじや

日本歴史地名大系 「貴布弥神社」の解説

貴布弥神社
きふねじんじや

[現在地名]北条市下難波 西ノ谷

まる山の麓にあり、祭神は高神。旧村社。

由緒書に、弘仁年中(八一〇―八二四)越智益永(水)が山城国より勧請したとあり、建武二年(一三三五)赤橋重時の失火社殿を焼き、正平年中(一三四六―七〇)再建、天授六年(一三八〇)河野通義が修築して以来、河野氏・浅海氏・来島氏の崇敬により繁栄、天正一三年(一五八五)河野氏滅亡とともに大半の社田を没収された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む