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河野通義 こうの みちよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河野通義 こうの-みちよし

1369-1394 南北朝-室町時代の武将。
応安2=正平(しょうへい)24年生まれ。河野通尭(みちたか)の子。細川頼之(よりゆき)との抗争で伊予(いよ)(愛媛県)守護の父が自害し,康暦(こうりゃく)元=天授5年(1379)11歳で家督をつぐ。将軍足利義満(よしみつ)の保護をうけ,翌年伊予守護職を安堵(あんど)される。応永元年病気のため家督を弟の通之(みちゆき)にゆずり,同年11月16日死去した。26歳。幼名は亀王丸。前名は通能。

河野通義 こうの-つうぎ

1791-1851 江戸時代後期の和算家。
寛政3年生まれ。加賀金沢藩士。石黒信由(のぶよし)や本多利明に数学,測量,暦学をまなぶ。西村太沖(たちゅう)らをたすけて金沢の地図をつくった。著作「製八線対数表法」に小数点をつかった記載がある。嘉永(かえい)4年6月28日死去。61歳。通称は久太郎。号は淡水。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の河野通義の言及

【河野氏】より

…中世の伊予国(愛媛県)の豪族。古代の越智(おち)氏の流れをくむと伝えられる。風早郡河野郷(現,北条市)を根拠地とする。源平合戦時に,通清・通信父子が源氏方にくみして勢力をのばし,戦後は御家人の地位を得て伊予国最大の武士団に成長した。その支配領域は,風早郡を中心にして中東予に及んだ。承久の乱(1221)では通信が京方に味方し,所領所職の大半を失ったが,その子通久が鎌倉方についたのでかろうじて命脈を保った。…

※「河野通義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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