賀陽宮邦憲王(読み)かやのみや くにのりおう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「賀陽宮邦憲王」の解説

賀陽宮邦憲王 かやのみや-くにのりおう

1867-1909 明治時代の皇族
慶応3年6月1日生まれ。久邇宮(くにのみや)(中川宮)朝彦(あさひこ)親王の第2王子。神宮教院学寮にまなぶ。病身のため,弟邦彦(くによし)王に久邇宮家をゆずる。明治25年醍醐(だいご)好子と結婚して賀陽宮称号をさずけられ,28年神宮祭主。33年宮家を創立した。明治42年12月8日死去。43歳。幼称は巌宮(いわのみや)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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