赤井忠皛(読み)あかい ただあきら

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤井忠皛」の解説

赤井忠皛 あかい-ただあきら

1727-1790 江戸時代中期の武士
享保(きょうほう)12年生まれ。天明2年京都町奉行から勘定奉行となり,老中田沼意次(おきつぐ)のもと財務担当。田沼の失脚とともに西丸留守居となった。寛政2年4月25日死去。64歳。通称は権五郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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