赤仁田村(読み)あかにたむら

日本歴史地名大系 「赤仁田村」の解説

赤仁田村
あかにたむら

[現在地名]波野村赤仁田

東は豊後国竹田領、西は波野村、南は東流する泉谷(いずみだに)川を境に滝水(たきみず)村、北は小園(おぞの)村と接する。中世には赤丹郷・赤丹田とも記される。元徳二年(一三三〇)一月一四日の阿蘇社造営料木第三箇度切符写(阿蘇家文書)に「赤丹田」とみえる。建武三年(一三三六)三月一一日の阿蘇社領郷村注文写(同文書)では、東郷に「一所十町 赤丹郷西」、北郷に「一所十町 赤丹郷原尻」とあり、近世の小村である西(にし)・原尻(はるじり)を含み、東郷と北郷とに分割されていた。また、東郷には「一所三町七段 松木村」ともあり、近世の当村の小村である松木(まつき)村は中世には赤丹郷に属していない。


赤仁田村
あかにたむら

[現在地名]大分市上判田(かみはんだ) 赤仁田

本宮(ほんぐう)山南西麓にあり、西は障子(しようじ)岳(七五〇・八メートル)、東は百木(ももぎ)村。正保郷帳に村名がみえ田高一六石余・畑高一六石余、早田(わさだ)庄に所属。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む