赤坂新町四丁目(読み)あかさかしんまちよんちようめ

日本歴史地名大系 「赤坂新町四丁目」の解説

赤坂新町四丁目
あかさかしんまちよんちようめ

[現在地名]港区赤坂五丁目

赤坂台地の東斜面の北東から南西へ向かう谷地形の南面にある片側町。東が赤坂新町三丁目のうち常浚じようさらい屋敷、南が幕臣などの邸地、北が安芸広島藩松平(浅野)家中屋敷。文政町方書上によると、年代不明だが一ッ木ひとつぎ村のうちが浅野邸となり、元禄八年(一六九五)頃屋敷内が収公され武家に与えられた。町屋の成立は不明であるが一―三丁目の成立には遅れており、また位置・地勢も相違はあるが、のちに同じ武家拝領町屋敷になるため新町に続く町として丁目を加えたとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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