赤坂田町一丁目(読み)あかさかたまちいつちようめ

日本歴史地名大系 「赤坂田町一丁目」の解説

赤坂田町一丁目
あかさかたまちいつちようめ

[現在地名]港区赤坂三丁目

山王(さんのう)台と赤坂台地との間の外堀外側にある片側町。東は外堀(溜池)、西は一ッ木町続元赤坂(ひとつぎちようつづきもとあかさか)町代地、北は赤坂表伝馬(あかさかおもててんま)町一丁目。文政町方書上によると、町の起立・名主については赤坂表伝馬町一丁目に同じ。寛永一五年(一六三八)南伝馬(みなみでんま)町(現中央区)の家持に地割して田地だったので田町と唱え、一―三丁目は下屋敷とした。五―六丁目は正保年中(一六四四―四八)から町屋敷を取立て、五間口の地所で一ヵ月伝馬四匹ずつ助役を勤める規定で希望者に地所を渡すことにしたが、一―三丁目の屋敷も持続けかね、五間口に馬二匹ずつの助役を条件に希望者に譲って沽券町屋敷になった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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