赤坂田町四丁目(読み)あかさかたまちよんちようめ

日本歴史地名大系 「赤坂田町四丁目」の解説

赤坂田町四丁目
あかさかたまちよんちようめ

[現在地名]港区赤坂三丁目

赤坂田町三丁目の南南西に続く片側町。東は堀との間に麻布網代あざぶあみしろ町代地、西が藤山鶯斎・大番組勝麟太郎(海舟)邸、赤坂新あかさかしん町三丁目。文政町方書上によると、起立は赤坂田町一丁目に同じ。南北は表・裏幅とも京間六〇間、東西は裏行が一八間余、一千一三六坪余。家数一〇九、うち地主一・家主九・地借一七・店借八二。自身番屋・髪結床番屋は五丁目との寄合で当町にある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む