赤尾津郷(読み)あこうづごう

日本歴史地名大系 「赤尾津郷」の解説

赤尾津郷
あこうづごう

現岩城町の大半と松(まつ)ヶ崎(さき)村(現本荘市)を含む地域をさす中世末の郷名。北は羽根川(はねかわ)郷、南は新沢(あらさわ)郷・内越(うてつ)郷に接する。「あこづ」ともいう。

赤尾津は赤宇曾とも書き(「大宝寺出羽守義氏書」秋田藩家蔵文書)、室町時代には醍醐寺三宝院の荘園で、宝徳元年(一四四九)幕府は将軍足利義政家御教書案(醍醐寺文書)によりこれを安堵した。

<資料は省略されています>

その後、由利十二頭の一人赤尾津氏がこの地を支配、地名を採って姓とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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