赤平町(読み)あかびらちよう

日本歴史地名大系 「赤平町」の解説

赤平町
あかびらちよう

昭和一八年(一九四三)から同二九年まで存続した空知郡の町。昭和一八年二月に赤平村が改称して成立、同年九月の戸口は五千八七〇戸・三万四千九一二人(赤平市史)。炭鉱開発は第二次世界大戦を機に一層進み、戦後は国の保護のもと大手鉱の住友赤平、茂尻もじり赤間あかま豊里とよさと各鉱に中小炭鉱を合せて町域には二十数鉱を数え、人口も急増した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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