赤池石炭会所(読み)あかいけせきたんかいしよ

日本歴史地名大系 「赤池石炭会所」の解説

赤池石炭会所
あかいけせきたんかいしよ

幕末に赤池村に設置された小倉藩の石炭専売政策推進のための役所。跡地は現赤池の平成筑豊鉄道赤池駅と中元寺ちゆうがんじ川の間にある字車道しやどうおよび字貴船きふねの旧貴船神社付近と推測されている。「福岡県史料叢書」によると、享保五年(一七二〇)に赤池村の焼石が福岡藩へ販売されていたことが知られ、享保年間より塩田の燃料炭として領外へ販売され、赤池炭として知られていたと考えられる。会所設置の理由は、彦山川と中元寺川の合流点で川による河川運搬に適していたこと、石炭の主要生産地であったことによる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む