赤浜(読み)あかはま

日本歴史地名大系 「赤浜」の解説

赤浜
あかはま

中世よりみえる五島の浜。現曾根郷そねごう内に比定される。康永三年(一三四四)四月一日の寂念置文案(青方文書、以下同文書)に「五たうにしうらへあかはま・ミつしり・かわちのあしろ」とみえ、これら三ヵ所の網代をめぐって青方殿(青方重か)と肥前殿(平戸松浦の峰定)が相論になっている。正平二一年(一三六六)「赤浜網代」をめぐる鮎河直・青方進と、青方重・神崎能阿の相論について、宇久うく(現宇久町)および有河ありかわ(現有川町)住人寄合で裁き、直・進のほうに赤浜三番網代などが沙汰付けされ、赤坂六番網代も直・進方とされており、違反人は宇久島および有河を永く追放すべきこととされている(同年八月二二日宇久・有河住人等連署置文案)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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